プロフィール

shimitaka0615

Author:shimitaka0615
 国立大学医学部2年の長男、公立高校1年の長女、自由人の夫との4人家族。
 40代後半の看護師です。夜勤も月8回こなしています。
 忙しいのでなかなか更新できないかもしれませんが、頑張ります。

 詳しく説明するとかなり特定されてしまうので、居住地も伏せておきます。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

リンク

最近のトラックバック

RSSリンク

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

娘の一人暮らしはとても不安です

先日東野圭吾の「さまよう刃」を読みました。映画の宣伝を見て読みたくなりました。

引き込まれるように明け方までかけて一気に読みました。

ただ、あまりにも凄惨で不条理で、読後感はもやもやしたものでした。

娘を持つ親としては、主人公の気持ちが痛いほどわかりますし、もし自分が同じ立場だったら同じことをするかもしれないと思いました。
裁判員制度裁判にかけられると、犯人の少年たちはきっとかなり重い罪にもなるでしょう。

最近、現実にも同じような悲しい事件が起こりました。

あと1年強で大学生になる予定の娘の希望を考えると、かなりの確率で自宅から通うことは難しい状況です。

息子に続き、娘にも家から出られてしまうと精神的に辛いという気持ちも強いですし、心配でなりません。

本人の希望と学力に見合った大学や学部を選ぶとともに、自宅から通学可能という条件の合う学校探しは難しいですね。
それなりに都会で大学も山ほどある当地でもこの状況なので、学校の少ない地域の方はさらに心配が多いことと思います。
一人暮らしをさせる心配や寂しさ、金銭的問題・・・

来年の今頃あたふたしないよう、今からじっくり本人と話し合っていきたいと思っています。
スポンサーサイト

だいぶ頼もしくなってきました

9月末にかなり近い親族の不幸がありました。
亡くなり方も複雑であったため、遺体の引き取りまでにかなりの日数がかかりました。

遠方での引き取りでもありましたが、息子も同行するとのことで急遽帰宅してくれました。

遺体は司法解剖されており、しかも長期冷凍保存されていたため、かなり生前とは異なる姿になっていました。

娘も含め4人で対面しました。

一瞬、「誰?」と思いましたが、息子が「間違いないよ、ここにほくろもあるし」と言ってくれました。

私は死因やいきさつにかなり疑問を持っていましたので、全身を見せてほしいと伝えましたが、夫と息子に「もうやめよう」と諭されました。

それから死亡届や火葬許可、火葬、諸処の手続きなどに追われました。

子供には精神的にもかなりきつい出来事であるにも関わらず、息子も娘も淡々と付き合ってくれました。
かなりショッキングなことであったので、特に娘に体験させることには悩みましたが、ある意味人生の大きな勉強ではないかと思い、敢えて全ての場面に立ち会わせました。

子供であれば知らなくていい、知らないほうがいい事もあったかも知れません。
でも、自分で経験することの少なくなってきている現在、経験値を上げるいわばチャンスでもあると思ったからでした。

二度と訪れることのない場所かもしれません。
しかし最後の地であるその土地を家族で巡りました。
夜にはカラオケで偲びました。

娘は誰に言われることもなく、遺骨をリュックに入れて連れて回ってくれました。

息子は現地の空港から学校に向かって旅立ちました。

家族にとってとても辛い出来事でしたが、子供たちの成長を目の当たりにして、これからはもう子供たちの時代であることを嬉しく、まあすこし寂しく感じたのが近況です。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

特攻隊に思う

以前から特攻隊の出発基地であった知覧に行きたくて仕方がありません。

どうして洗脳教育や拒否権のない戦時中とはいえ、10代の若者がつぎつぎと敵艦に体当たりできたのか。
「おかあさん」といって突撃しないといけなかったのか

“男たちの大和”は何度みても涙が出ます。

自分の子供が同じような年齢になったせいか、特に心が締め付けられるのです。

家族のために命を捧げる

でも、「おかあさん」と言いながら死ななければいけない年齢の子は受入れられない思いがあります。妻や子供の名前でない、愛し合うことや親より大切なものが得られていない境遇で、親や兄弟のためにというのがさらに辛いのです。

最近何冊か関連本を読んだのですが、象徴する言葉があったので抜粋して引用させて頂きます。

機会があれば出来たら家族で知覧を訪れたいと思っています。



・・・しかし負けたとしても、そのあとどうなるのでしょう。・・・おわかりでしょう。われわれの命は講和の条件にも、そのあとの日本人の運命にもつながっていますよ。そう、民族の誇りに・・・


“日本が見えない”

この空気
この音
オレは日本に帰ってきた
帰ってきた
オレの日本に帰ってきた
でも
オレには日本が見えない

空気がサクレツしていた
軍靴がテントウしていた
その時
オレの目の前で大地がわれた
まっ黒なオレの眼しょうが空中に
とびちった
オレは光素を失って
テントウした

日本よ
オレの国よ
オレにはお前が見えない
一体オレは本当に日本に帰ってきているのか
なんにもみえない
オレの日本はなくなった
オレの日本がみえない

「特攻隊員たちへの鎮魂歌」  神坂次郎著 より

| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。